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『イラクの中心で、バカと叫ぶ』

『イラクの中心で、バカと叫ぶ』 橋田信介


 こういう本が小中学生の課題図書になればいいのに、と強く思う一冊でした。
 良書というのは、結果として一気に読み終わる事が多いのですが、所々で本を閉じて一休み。コーヒーをすすりつつ、出会った名句やエピソードをじっくりと頭の中で租借し、心の中で反芻し、私の一部として吸収していく。そんな至福の一時を何度も与えてくれた一冊でした。

 以下、そんな言葉やエピソードなどのいくつかを紹介させて頂きます。

< 毎年八月になると、広島・長崎の惨状が語られ、平和を願う式典が開かれ、不戦の誓いが語られる。だが、それは単に「戦場」を語っているだけで、「戦争」を語っているのではない。つまり、それは「戦場」に反対しているだけで、「戦争」に反対しているのではない。そもそも、どんな勇敢な米軍兵士だって、どんな獰猛なイスラム戦士だって、「戦場」に向かうのは怖いのだ。悲惨で怖い「戦場」に反対するのはバカでもできる。問題は「戦争」に反対することなのだ。それはすぐれて政治を語ることに尽きる。p.266>

< もうそろそろ、「戦争」と「戦場」をごっちゃにすることから卒業しなくてはならない。「戦場」の悲惨さを語るのは、単にそれは「泣き言」であることを悟らねばならない。p.267>

< エレベーターの中でアメリカ人の「人間の盾」メンバーのおばさんと、若い米兵将校が鉢合わせする。エレベーターの中で、おばさんは米兵将校を激しくなじった。
「見てみろ、街を。何人の子供を殺したのか」
 若い将校は冷静だった。問い詰められると「命令ですから」とだけ答える。
 おばさんは10階で降りた。ハコの中に兵士とハシやん(注:筆者の事です)が残された。
「今度のブッシュの政策を支持していますか?」
 ハシやんは聞いた。若い将校ははっきりと答えた。
「私は反対です」
 意外だった。やっぱり、昔の日本の兵隊さんとは違うのだ。今の日本の天下り官僚とは違うのだ。少なくとも自分は「反対」であるという意思を表明するのだから。
 そして思う。今度の戦争で、一日何人死んだのだろうと。
 バグダッド中心部にある市場の誤爆で四十人か五十人か。
 日本での一日の自殺者の半分程度である。総人口が違うから一概にいえないが、死者の数からいえば日本の方が深刻である。日本の場合、一年三百六十五日間、毎日約八十人の死者が出るのだから。
 日本にも、見えない戦場がある。空爆や砲撃はないのだが、死者の数からいえば、イラクよりはるかに悲惨な戦場なのだ。そう考えると、戦争国家にも平和国家にも、人間が死ぬリスクがあるのだという結論を出す。戦時下の国でウツ状態に陥ったり、風邪を引くバカはいない。そんなヒマはないのだ。
 生き抜くために全力をあげる。戦争国家では、命はかけがえのないものとして大切にされる。平和な社会で生きる日本人は、ヒマだから精神の均衡を失って自殺したり、面白半分に人を殺したりする。平和国家では逆に命は軽んじられている。
 命を大切にするイラクから、命を粗末にする日本に帰る日が近付いている。うれしいような、うれしくないような。p.268-270>

 上記は少し長い引用になってしまいましたが、橋田さんの伝えたかった事が凝縮されていたので、そのまま省略せずに掲載させて頂きました。
 下記も、帰国された橋田さんが日本の日常を切り取った風景で風刺が効いてます。

< それから(注:帰国から)五日後の四月十七日、お昼の東京。
 ハシやんは、東京の新宿のプラットフォームで山手線を待っていた。
 前に並ぶ、妙齢のご夫人が会話をしていた。
「おくさまー、ダイエットはシラスがようございますよ」
「シラスは、はらわたが魚くさいから、ちょっとねー」
 そうか、日本では、ダイエットだけでなく、シラスのはらわたが問題なのだ。
 イラクも大変じゃったが、日本も大変なのだ ------- ハシやんは、最後にそう思った。p.280>
 

 はっきり言おう。
 イラクで80人死のうが、800人死のうが1万人死のうが10万人死のうが100万人死のうが、どうでも良いニュースなのです。
 そんなニュースに自分が巻き込まれない限り、体重が昨日より何グラム減ったとか、明日のデートに何着ていこうかとか、今度のクレジットカードの引き落とし金額がいくらになるかとか、今打っているメールに使う顔文字をどれにしようかという問題の方が切実なのです。
 イラクで100万人死んだというニュースよりは、絶対に蒸れないブラジャーが開発されたとか、どんなハゲでもふさふさの髪が生えてくる薬が開発されたというニュースの方が、より真剣に人々に捉えられるでしょう。
 世はなべてシラスのはらわたですから。

 アホくさいけど、事実だと思います。

 橋田さんが結果として命と引き換えに日本で目の治療を受けさせたイラクの少年は、後日イラクでテロにあって死ぬかも知れません。
 これは本当に勝手な個人的な推測なのですが、橋田さんの奥さんは、その少年を養子という形で引き取ってでも日本で育てたいと思っているかも知れない。今の日本の方がおそらくイラクよりテロにあう確率は低いだろうから。
 しかし、もしそんな申し出が実際にあったとしても、あの少年は断って自分の国へと帰ると思う。その理由は一考の価値が有ると思う。

 ぼくらが生きてる世界は単純かも知れないし、単純じゃないかも知れない。 白黒はっきりついているようにも、ついていないようにも見える世界だと思う。

 でも、だからこそ大切なのは、何を見、何を聞き、自分が受け取った情報を基に、何を考え、何をするか、という事になると思う。

 この本で橋田さんが伝えたかった事、私はしっかりと受け取りました。だからこそ私は私なりに政治を語り、戦争に反対し、命を大切にし、そして次の指標を捜し求め、見つけたら周りの人々に伝えていこうと思っています。

 橋田さんは銃弾や爆弾が飛び交う戦場で活躍され、その中で命を全うされた。私は日本という迷いや偽りに満ちた戦場で言葉や考えという武器で戦っていこうと思います。

哀悼の意とともに
2004/7/4-5 記


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